京都地方裁判所 昭和58年(ワ)1498号 判決 1988年10月26日
第一、第二事件原告(以下単に「原告」という。)
株式会社日経住宅センター
右代表者代表取締役
奥田聖
右訴訟代理人弁護士
一岡隆夫
第一事件被告
千代田生命保険相互会社
右代表者代表取締役
神崎安太郎
右訴訟代理人弁護士
常盤温也
第二事件被告
第一生命保険相互会社
右代表者代表取締役
西尾信一
右訴訟代理人弁護士
中村敏夫
同
山近道宣
主文
一 第一事件被告は原告に対し、金二七八四万円及び内金一九二〇万円に対する昭和五七年五月一五日から、内金二六四万円に対する同五八年四月一八日から、内金二八八万円に対する同五九年四月一八日から、内金三一二万円に対する同六〇年四月一八日から各完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
二 第二事件被告は原告に対し、金一億円及びこれに対する昭和五七年五月二一日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は第一、第二事件被告らの負担とする。
四 この判決は仮に執行することができる。但し、第一事件被告において金一八〇〇万円、第二事件被告において金六七〇〇万円の担保を供するときは、当該被告に対する仮執行を免れることができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文第一ないし第三項と同旨
2 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する第一、第二事件被告らの答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 仮執行免脱の宣言
第二 当事者の主張
一 第一事件の請求原因
1 原告は、昭和五七年二月二三日第一事件被告との間で、次のとおり生命保険契約(証券番号二二四組八八三一五番。以下「本件第一保険契約」という。)を締結した。
(一) 被保険者 土川俊男(以下「土川」という。)
(二) 保険金受取人 原告
(三) 保険料 月四万八一九〇円
(四) 保険金
(1) 死亡保険金 七二〇万円
(2) 災害割増特約保険金 九六〇万円
(3) 定期保険特約保険金 二四〇万円
(五) 災害死亡年金(災害死亡のとき、死亡した年の翌年から一〇回にわたり、翌年以降の各死亡応当日限り支払われる年金で、基本保険金額(一二〇万円)を基準に毎年その一割(一二万円)ずつ増額する額についての二倍の額が支払われるもの。) 合計三七二〇万円
2 原告は、昭和五七年二月二三日第一事件被告に対し、右保険料四万八一九〇円を支払った。
3 土川は、昭和五七年四月一七日災害により死亡した。
4 原告は、昭和五七年五月一四日第一事件被告に対し、右3の事実を通知して右1(四)(1)ないし(3)の各保険金の支払を請求した。
5 よって、原告は第一事件被告に対し、本件第一保険契約に基づき、右1(四)(1)ないし(3)の各保険金合計一九二〇万円及び昭和六〇年四月一七日までに期限の到来した右1(五)の年金合計八六四万円並びに内右各保険金合計一九二〇万円に対する保険事故を通知して右各保険金の支払を請求した日の翌日である同五七年五月一五日から、内第一回目の年金二六四万円に対する弁済期の翌日である同五八年四月一八日から、内第二回目の年金二八八万円に対する弁済期の翌日である同五九年四月一八日から、内第三回目の年金三一二万円に対する弁済期の翌日である同六〇年四月一八日から各完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
二 第二事件の請求原因
1 原告は、昭和五七年二月二六日第二事件被告との間で、次のとおり生命保険契約(証券番号八二〇三組第〇七一九七五号。以下「本件第二保険契約」という。)を締結した。
(一) 被保険者 土川
(二) 保険金受取人 原告
(三) 保険料 月一一万四三八〇円
(四) 保険金
(1) 死亡保険金 五〇〇〇万円
(2) 満期保険金 五〇〇万円
(3) 災害割増特約保険金 四五〇〇万円
2 原告は、昭和五七年二月二六日頃第二事件被告に対し、右保険料一一万四三八〇円を支払った。
3 土川は、昭和五七年四月一七日災害により死亡した。
4 原告は、昭和五七年五月二〇日第二事件被告に対し、右3の事実を通知して右1(四)(1)ないし(3)の各保険金の支払を請求した。
5 よって、原告は第二事件被告に対し、本件第二保険契約に基づき、右1(四)(1)ないし(3)の各保険金合計一億円及びこれに対する保険事故を通知して右各保険金の支払を請求した日の翌日である昭和五七年五月二一日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
三 請求原因に対する第一事件被告の認否
第一事件の請求原因1、2及び4の各事実は認める。同3の事実中、死亡原因が災害によるものであるとの点は否認し、その余は認める。
四 請求原因に対する第二事件被告の認否
第二事件の請求原因事実は、保険金の内訳の点を除き、他は全部認める。保険金一億円の内訳は、死亡保険金五〇〇〇万円、傷害特約保険金五〇〇万円、災害割増特約保険金四五〇〇万円であって、被保険者が災害により死亡した場合は、右各保険金が支払われる。
五 第一、第二事件被告らの抗弁
1(特約による無効)
(一) 原告と第一事件被告は本件第一保険契約締結に際し、また、原告と第二事件被告は本件第二保険契約締結に際し、いずれも、保険契約が保険契約者または被保険者の詐欺により締結されたときはこれを無効とする旨の特約を結んだ。
(二) 本件第一、第二保険は、いずれも、企業の役員または幹部社員の死亡による退職金の支払及び人材の喪失による企業の損失を填補するためのいわゆる経営者保険である。保険契約者である原告及び被保険者である土川は、本件第一保険契約締結の際、第一事件被告に対し、真実は土川は原告会社の役員でも幹部社員でもないにもかかわらず、土川が原告会社の専務取締役である旨、第二保険契約締結の際第二事件被告に対し、土川が原告会社の役員である旨、それぞれ虚偽の事実を申し述べ、第一、第二事件被告らをしてその旨誤信させて右各保険契約を締結させた。
2(錯誤による無効)
右1(二)で述べたとおり本件第一、第二保険は経営者保険であることから、被保険者が企業の役員または幹部社員であることは右保険契約の重要な要素であるところ、第一事件被告は、右保険契約締結当時、土川が原告会社の役員でも幹部社員でもないにもかかわらず、原告会社の専務取締役であると誤信して、第二事件被告は土川を原告会社の役員であると誤信して、右各保険契約を締結した。
3(公序良俗違反による無効)
原告は、昭和五七年一月から同年三月までの間に、被保険者を土川、保険金受取人を原告として、別紙生命保険契約一覧表記載の保険契約を締結し、異常に高額な生命保険に加入した。原告会社は、本件第一、第二保険契約締結当時営業活動を全く行っていない実体のない会社であって、経営者保険に加入する必要もその保険料を支払い続ける資力もなかったにもかかわらず、賭博類似の目的をもって、原告会社の名ばかりの社員である土川を被保険者として、右各保険契約を締結したのであるから、右各保険契約は、公序良俗に反する事項を目的とする法律行為として無効である。
六 抗弁に対する認否
1 抗弁1(二)の事実中、本件第一、第二保険が経営者保険であることは認め、その余は否認する。
2 同2の事実中、本件第一、第二保険が経営者保険であることは認め、その余は否認する。
3 同3の事実は否認する。
第三 証拠<省略>
理由
第一第一事件の請求原因について
一請求原因1、2及び4の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二同3の事実中、土川が昭和五七年四月一七日に死亡したことは、当事者間に争いがない。そこで、その死亡原因が災害によるものであるか否かにつき判断するに、<証拠>によれば、災害による死亡とは、契約締結後に発生した不慮の事故を直接の原因として一八〇日以内に死亡する場合をいい、<証拠>によれば、不慮の事故とは、自動車交通事故、他殺及び他人の加害による傷害、その他同号証中普通保険約款別表1記載の要件を備えた事故をいうと解されるところ、<証拠>によれば、土川は、本件第一保険契約締結後である昭和五七年四月一六日午後一〇時頃は普通の健康な体であったこと、しかし、翌一七日午前四時二四分頃京都市東山区大和大路五条上ル東入門脇町一七七番地先路上において、頭蓋骨折によるくも膜下出血及び脳挫傷及び左右の肋骨骨折・肺の断裂及び肝臓挫滅等の重傷を負った状態で発見されたこと、そして、その傷害が原因で同日午前四時三〇分頃死亡したこと、右発見現場の路上にはスリップ痕等同所において交通事故が発生したことを窺わせる状況がなく、土川は他の場所で何らかの事故によって受傷し、右発見現場まで何者かによって運ばれて来たもので、自殺、故意又は重大な過失による自招危難に基づく受傷とは解し難いこと、が認められる。以上の事実によれば、土川の右傷害による死亡の原因は、同月一六日午後一〇時頃から翌一七日午前四時二四分頃までの間に発生した偶発的かつ強度の打撃を伴う事故(なお、事故の種別は明らかでないが、前記別表1記載中の分類項目のいずれかに該当するものと認められる。)によるものと推認することができ、土川は災害により死亡したものということができる。他にこの判断を覆すに足りる証拠はない。
第二第二事件の請求原因について
一請求原因事実は、保険金の内訳の点を除き、他はすべて当事者間に争いがない。
二保険金一億円の内訳につき、原告は、死亡保険金五〇〇〇万円、満期保険金五〇〇万円、災害割増特約保険金四五〇〇万円と主張するのに対し、第二事件被告は、死亡保険金五〇〇〇万円、傷害特約保険金五〇〇万円、災害割増特約保険金四五〇〇万円と主張する(昭和六一年七月二九日付け及び昭和六二年一二月一五日付け各準備書面参照)が、<証拠>によれば、右の第二事件被告の主張が正しく、原告の主張は何らかの誤解によるものとみるほかないが、原告と第二事件被告とが、被保険者土川が災害により死亡した場合第二事件被告が原告に対し保険金一億円を支払う旨の保険契約を締結したこと及び原告が第二事件被告に対し右保険金一億円の支払を請求したことは、当事者間に争いがない(答弁書及び前記各準備書面参照)。
第三第一、第二事件被告らの抗弁について
一抗弁1(特約による無効)について
1 抗弁1(一)の事実について原告は明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。
2 同1(二)の事実中、本件第一、第二保険が経営者保険であることは、当事者間に争いがない。
そこで以下、第一、第二事件被告ら所論の詐欺行為、殊に被保険者である土川が本件第一、第二保険契約締結当時原告会社の役員または幹部社員でなかったか否かにつき判断する。
(一) まず、土川が本件第一、第二保険契約締結当時原告会社の役員でなかったか否かにつき判断するに、<証拠>によれば、経営者保険の被保険者たりうる役員とは、株式会社についていえば、株主総会で選任され、その旨登記された取締役、少なくとも、株主総会で選任された取締役であることを要すると解されるところ、<証拠>によれば、土川につき第一保険契約締結日である昭和五七年二月二三日及び第二保険契約締結日である同月二六日以前においても、またその後土川死亡の同年四月一七日までの間においても原告会社の取締役に選任された旨の登記がなされていないことが認められ、また、<証拠>によれば、原告会社は、右保険契約締結日以前に土川を取締役に選任するための株主総会を開いていないこと、甲第四号証の臨時株主総会議事録は、原告会社の代表取締役である奥田聖(以下「奥田」という。)が株主総会を開いていないにもかかわらず、司法書士に依頼して作成させたものであることが認められるから、土川は、右保険契約締結日以前に原告会社の取締役に選任されておらず、従って右保険契約締結当時原告会社の役員ではなかったことが認められ、他にこの判断を覆すに足りる証拠はない。
(二) 次に、土川が本件第一、第二保険契約締結当時原告会社の幹部社員でなかったか否かにつき判断する。
まず、幹部社員の意味について保険約款上明文の規定はないが、経営者保険の趣旨に照らすと、幹部社員とは、株式会社についていえば、会社の営業の重要事項の決定(但し、取締役会に専属する事項を除く。)・執行を委任された社員をいうと解するのが相当である。
そこで以下、土川が本件第一、第二保険契約締結当時原告会社の営業の重要事項の決定・執行を委任された社員でなかったか否かにつき判断する。
(1) <証拠>によれば、原告会社は昭和五二年四月二七日土地建物の購入、分譲及び仲介等の不動産業を目的として設立され、当初京都市右京区西院東貝川町五番地所在の沢田ビル四階に本店たる事務所を置いていたこと、土川は同五三、四年頃原告会社に入社し、主として営業社員として稼働していたこと、原告会社には土川を含めて約一六名の社員が稼働していたこともあったが、同五六年の六、七月頃からは社員は土川と経理等一般事務を担当していた秋山敦子(以下「秋山」という。)の二名だけになったこと、その頃から土川は原告会社の営業の重要事項の決定・執行をすべて一人で行うようになったこと、原告会社は社員が二名になったので経費節減等のため、同五七年一月末頃前記事務所を奥田が個人で経営していた英会話教室「ピーターパン」の教室及び事務所のある京都市中京区四条木屋町所在のトップハットビル七階の一角に移転したことが認められる。
(2) ところで、<証拠>によれば、原告会社の雇用保険事務の代行をしていた近畿企業育和会京都支部は、昭和五七年二月頃原告会社の秋山から土川が解雇を理由に原告会社を離職する旨の連絡を受け、同年三月五日頃京都西陣公共職業安定所長に対し、土川が同年一月三〇日付けをもって解雇を理由に原告会社を離職した旨の雇用保険者離職証明書を提出していること、これに対し京都西陣公共職業安定所長は、同年三月五日土川に対し、同人が原告会社を同年一月三〇日に離職した旨の雇用保険被保険者資格喪失確認通知書を発行していること、他方で原告会社は、同年二月二二日京都西社会保険事務所長に対し、土川が健康保険・厚生年金保険の被保険者資格を喪失した旨届けていることが認められ、これらの事実によれば、土川は同年一月三〇日に原告会社を離職したため、本件第一保険契約締結日である同年二月二三日当時及び第二保険契約締結日である同月二六日当時にはもはや原告会社の営業の重要事項の決定・執行を委任された社員ではなかったと疑う余地がある。
(3) しかしながら、<証拠>によれば、土川は原告会社の社員が土川と秋山の二名になった頃から事実上一人で会社を経営するようになり、将来原告会社の代表取締役に就任して原告会社を経営していく希望を持っていたこと、そのため、奥田もこれを認めて将来代表取締役の地位を退き、これに代って土川に代表取締役に就任してもらって原告会社を経営してもらう予定であったこと、そして、土川と奥田は昭和五七年一月頃から原告会社の役員更迭の準備を始めたこと、他方で、土川は死亡した同年四月一七日頃まで、不動産業者を訪問して取引交渉に当たるなどの営業活動を続けており、同年一月末頃に移転した前記トップハットビル七階の原告会社の事務所にも一日に一回は足を運んでいたこと、原告会社の代表取締役であった奥田は、土川が災害により死亡したため第一事件被告に本件第一保険金の支払を請求した後に第一事件被告から指摘されるまで、土川が本件第一保険契約締結時以前に前記公共職業安定所長や社会保険事務所長に対して原告会社から離職手続を行っていることを知らなかったことが認められ、これらの事実に照らすと、前記(2)の事実から土川が同年一月三〇日に原告会社を離職し、右保険契約締結当時原告会社の営業の重要事項の決定・執行を委任された社員でなかったと推認することはできない。
(4) ところで、<証拠>には、原告会社は、昭和五六年四月から土川が死亡した月の前月である昭和五七年三月分までの賃金を毎月二八日に土川に支払っていたかのような記載があるが、鑑定人田北勲の鑑定の結果によれば、甲第一号証である賃金台帳に記載されている各数字及び押捺されている「土川」の各印影は、いずれも各月ごとに記載、押捺されたものではなく、一度に一年分まとめて記載、押捺されたものであると認められ、また、原告会社の賃金支払事務を担当していた秋山自身も証人(第二回)として同五七年一月以降毎月土川に賃金を支払っていたか否か記憶がない旨証言していることにも照らせば、甲第一号証によって原告会社が土川に対し同年三月分までの賃金を支払っていたと認定することはできない。
しかしながら、土川が従事した原告会社の営業(不動産業)は、前示認定の業態から明らかなように昭和五七年一月頃から同年四月頃にかけて必ずしも定期的に確実な売上げがあるものではなく、売上げがない場合に土川が給与の支給を受けられないことがあるとしても、土川が奥田から原告会社の実質的な経営を受けついでいたこと、土川が同年二月以降において原告会社の営業以外の仕事をしていたものと窺うに足りる証拠がないことを考慮すると、形式上退職の手続をとって雇用保険の給付を受けつつ、なお原告会社の不動産業に従事していたものと解するのが相当である。
このことは、<証拠>によって、土川が、本件第一保険契約の申込書に自己を原告会社の専務と表示して被保険者として署名していること、第二保険契約の申込書に自己を原告会社の役員と表示して被保険者として署名していること、昭和五七年二月二五日中古自動車(カペラ)の購入に際し自己を原告会社の専務として表示して売買契約書に署名していること、同年三月二九日京都府亀岡市内で自動車故障を招いた際に救助に来た財団法人日本自動車連盟のロードサービス隊に対し自己の勤務先を原告会社と表示して念書に署名していることが認められることからみても、首肯しうるところである。
(5) 以上によれば、土川は本件第一、第二保険契約締結当時原告代表者から包括的委任を受けて原告会社の営業を行う幹部社員であったものというべきであり、土川が原告会社の営業の重要事項の決定・執行を委任された幹部社員でなかったとは認められず、他に右当時土川が原告会社の幹部社員でなかったことを認めるに足りる証拠はない。
3 よって、その余の点を判断するまでもなく、抗弁1は理由がない。
二抗弁2(錯誤による無効)について
右一2(二)で認定したとおり、土川が本件第一保険契約締結当時原告会社の幹部社員でなかったとは認められないのであるから、その余の点を判断するまでもなく、抗弁2は理由がない。
三抗弁3(公序良俗違反による無効)について
前記二2(二)(3)で認定したとおり、本件第一、第二保険契約締結当時原告会社の社員は土川と秋山の二名だけであったが、原告会社はトップハットビル七階に事務所を置き、土川はそこを拠点として営業活動を行っていたこと、土川は将来原告会社の代表取締役に就任して原告会社を経営していく予定であったことが認められるのであるから、原告会社が右保険契約締結当時営業活動を全く行っていない実体のない会社であって経営者保険に加入する必要がなかったということはできない。
しかし、<証拠>によれば、原告会社の事務所を前記トップハットビル七階に移転した昭和五七年一月末頃以降原告会社の営業利益は全くなかったこと、原告会社は、同年一月一日から同年三月一日までの間に、本件第一保険契約を含めて別紙生命保険契約一覧表記載のとおり四口の生命保険契約(これらはいずれも土川を被保険者、原告を保険金受取人とする経営者保険であって、保険金総額は一時払分が一億七九二〇万円、年金累計分が三七二〇万円となる。)を締結しており、これらの保険契約に基づき原告会社が月々負担する保険料は合計二一万五四五〇円になること、原告会社は、土川が死亡した同年四月一七日までの間に、別紙生命保険契約一覧表記載のとおり、保険料をアメリカンライフインシュアランスカンパニー社に対しては三回、その他の保険会社に対しては各一回支払っただけであり、しかも、土川が死亡した当時いずれも保険会社に対しても保険料の支払を遅滞している状況であったことも認められ、これらの事実によれば、原告会社はその規模や資力に不相応な経営者保険に加入していたものといわざるを得ない。そして、本件第一、第二保険が原告会社が前記のとおり集中的に加入した右一連の経営者保険のうち主要なものであることを思えば、第一、第二事件被告らが原告会社は賭博類似の目的をもって第一、第二保険契約を締結したと主張することにも無理からぬ点がある。
しかしながら、右に認定した事実だけでは原告会社に賭博類似の目的があったとまで推認するには必ずしも十分でなく、他にこれを認めるに足りる証拠がない以上、本件第一、第二保険契約の賭博性を認めることはできないというべきである。
もっとも、前記のとおり原告会社にとって本件第一、第二保険に加入することはその規模や資力に照らし不相応であって、その意味で右保険契約は経営者保険の目的を逸脱する不適当な契約であるといわざるを得ないが、<証拠>によると、本件各保険契約は第一、第二事件被告らの保険外交員が勧誘して締結されたものであって、第二事件被告は第二保険契約締結の際、他の保険会社との間に土川を被保険者とする保険契約が締結されていることを知っていたと認められるのであり、第一、第二保険契約が反社会的な公序良俗に違反する契約であるとまではいうことができない。
そして、他に本件第一、第二保険契約の反社会性を認めるに足りる証拠がないので、抗弁3は理由がないというべきである。
第四結論
一以上の次第で、第一事件被告は原告に対し、本件第一保険契約に基づく各保険金合計一九二〇万円及び同契約に基づく年金の内昭和六〇年四月一七日までに期限の到来した年金合計八六四万円並びに内右各保険金合計一九二〇万円に対するその支払を請求した日の翌日である同五七年五月一五日から、内第一回目の年金二六四万円に対する弁済期の翌日である同五八年四月一八日から、内第二回目の年金二八八万円に対する弁済期の翌日である同五九年四月一八日から、内第三回目の年金三一二万円に対する弁済期の翌日である同六〇年四月一八日から各完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきであり、また、第二事件被告は原告に対し、本件第二保険契約に基づく死亡保険金五〇〇〇万円、傷害特約保険金五〇〇万円及び災害割増特約保険金四五〇〇万円合計一億円並びにこれに対する支払を請求した日の翌日である昭和五七年五月二一日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。
二よって、原告の請求は全部理由があるからこれを認容し、訴訟費用負担につき民事訴訟法八七条、九三条一項本文を、仮執行の宣言及び仮執行免逸の宣言につき同法一九六条一項、三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官露木靖郎 裁判官井file_7.jpg正明 裁判官飯塚圭一)
保険会社名
申込書
提出日
契約の
始期
死亡保険金の内容
金額
保険料支払方法・金額等
アメリカンライフインシュアランスカンパニー
56.12.17
57.1.1
死亡保険金
800万円
月払
10,000円
災害保障特約
500万円
災害死亡給付特約
700万円
既払保険料
30,000円
計
2,000万円
千代田生命保険相互会社
57.2.18
57.2.23
死亡保険金
720万円
月払
48,190円
定期保険特約
240万円
災害割増特約
960万円
既払保険料
48,190円
計
1,920万円
災害年金累計額
3,720万円
大同生命保険
相互会社
57.2.19
57.3.1
死亡保険金
200万円
月払
42,880円
定期保険特約
1,800万円
災害割増特約
2,000万円
既払保険料
42,880円
計
4,000万円
第一生命保険
相互会社
57.2.23
57.2.26
死亡保険金
5,000万円
月払
114,380円
傷害特約
500万円
災害割増特約
4,500万円
既払保険料
114,380円
計
1億円
災害時の一時払
保険金合計
1億7,920万円
保険料月額合計
215,450円
災害年金累計額
3,720万円
既払保険料合計
235,450円